
1617年、家康の霊柩が日光山へ改葬され、
その後、朝廷からの勅使が日光東照宮へ毎年参向するようになった。
その勅使を例幣使ということから、通る道は「例幣使街道」と呼ばれた。
栃木はこの街道の宿場町となり、人が集まり、物が集まるようになる。
これが商都としての発展のきっかけになったといわれているそう。
(とちぎ蔵の街美術館より引用)
"蔵の街 巴波川 周辺 02"
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